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2008年11月22日 (土)

恐るべき女帝。

天皇と日本の起源―「飛鳥の大王(おおきみ)」の謎を解く (講談社現代新書)
女帝がただの傀儡や中継ぎではないという解釈が斬新でした。
昔、確かにそう習ったけど、よく考えてみれば女だからといって、事実二度も天皇になったり、
在位期間が長いのにそれをただの傀儡と思うのはむしろ不自然。
大化の改新の政変も、ヒットマンが主犯だなんてこと普通の世界では確かにない。
政治的なものなわけだから。
ただ、昔の事なんで、そういうもんなのかなと、今までは思っていました。
蘇我氏ではなく、古人大兄の方が目的だったというのも、凄く理屈に合ってるし、その後の流れを見ても、
むしろ王位継承者つぶしという視点で見たほうが、全てがしっくりきます。
確かに、著者の言う事には、説得力があります。

一代ではなく何代にもかけて天皇という世界観を作り上げ、神聖化していった様子がよくわかりました。
豪族とそれほど差のなかった時代から、その差をどうやって広げていくか。
天皇の価値作りが、どの大王にも最重要課題だったんでしょうね。
全てが物証があるわけではないので、どこまでが事実かはわかりませんが、説得力のある
推理が多いし、定説よりよっぽど納得はできました。

血みどろの骨肉の争いに勝ったものが天皇になれ、勝者だからこそ穢れなきスメラミコトを
名乗る事ができるという皮肉。
これが歴史だなぁと思います。
引用元:恐るべき女帝。
天皇と日本の起源―「飛鳥の大王(おおきみ)」の謎を解く (講談社現代新書)
古代史に関する旺盛な執筆活動で知られる著者による飛鳥時代の総論。自説・新説をまじえつつバランスよく叙述がすすむ。
「旧著を読んで下さった方には大変申し訳ないが、今後、私の意見を検討される場合には、本書の所見を検討していただければ幸いである」とあとがきにある。読者としては力が抜けてしまう感、なきにしもあらずだが、それはこの分野の宿命ともいえ、ここまで率直な告白はむしろ誠実さの現れととるべきだろう。事実誤認が指摘されても頬かむりをし、あくまで自説にこだわって衆人を惑わしつづける御仁もいるのだから。

さて、本書の新機軸といえば、文献渉猟・文献解釈の立場に立つ著者が、場所・地域に着目し、そこから論を纏めている点である。歓迎すべきアプローチであり、具体性が増したといえるが、やはり最後は、どこまで信頼できるのか不明な文献解釈にもどるもどかしさが残る。
そこから先は読者にゆだねられるわけで、それが読書の楽しみともいえるが正直、読者としては物証で確認したい衝動がうずいてしまうのである。あらためていうまでもなく、当時を証する最大の物証が他でもない、現存する法隆寺であるという厳然たる事実がある。今年出版された『法隆寺の謎を解く』(ちくま新書)の終章では、内容的に本書に一部リンクしつつ物証と文献の両方から、法隆寺をめぐる当時の時代状況にかなり踏み込んだ見解が示されているので参考になる。
引用元:

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